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全32件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  |  《前のページ |  次のページ》 

絵本紹介 「リベックじいさんのなしのき」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月10日(木)23時59分38秒
編集済
  「リベックじいさんのなしの木」
テオドール・フォンターネ 文
ナニー・ホグロギアン 絵
藤本 朝巳 訳
岩波書店

 去年出たのでしょうか。私は年末か、歳が明けてからか、はじめてみて買いました。
 面白いです。

 リベックじいさんの屋敷にはおおきなナシの木がありました。秋になりたわわにナシがなると、リベックじいさんはかごいっぱいにナシをもぎ、村の子どもたちに、
「なしをひとつ いかがかな」
「さあ おいで。なしを ひとつ、めしあがれ」と村の子どもたちに語りかけるのです。
 やがて天に召される時がきました。跡取り息子はけちん坊で、ナシの木のに周りを柵を作ってしまうのですが。
 最後にけちん坊の跡取り息子にいっぱい食わせてしまうリベックじいさんの知恵。おかげで子どもたちはハッピーエンド。

こっくりとした味わい深いお話です。
 


絵本紹介 「まほうつかいのノナばあさん」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月10日(木)23時56分41秒
編集済
  「まほうつかいのノナばあさん」
トミー・デ・パオラ さく
ゆあさ ふみえ やく
ほるぷ出版

とにかく けっさくなお話です。

まほうつかいのナナばあさんの家で住み込みで手伝いをすることになった
うっかりもののノッポのアンソニー。
ある日、ノナばあさんがまほうのかまでスパゲッティを出すところをみてしまいました。
いつか、そのかまでスパゲッティを出してみたくてたまりませんでした。
その日はおもいがけず、はやくやってきました。

最後に、しばり首にされそうになったノッポのアンソニーをノナばあさんが助けてくれるのですが、本当に助かったの?苦しそう。
 でも、めでたしめでたし。
 
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「おそざきのレオ」を読まされて 2

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 8日(火)00時53分15秒
  「おそざきのレオ」を読まされてはmixi
の日記に書いた文だったのですが、これを書いた後に、古い「天然生活」という雑誌を読んでいましたら、神戸市東灘区岡本1-2-3の「ひつじ書房」という児童書専門店の平松二三代さんという店主さんが「ひつじ書房」に並べる本の基準を

「読者が子どもだという配慮のない本は置きません。大人の社会問題を子どもに伝えたり、人の失敗を笑ったりする内容は、いったいどこがいいの?と。子どもにとって何がいいか、何が大切か。それを踏まえていない本は好きではありません。本は知識のために読むものではなく、心のために読むものですから」

とこたえていらっしゃいました。

そうなんです。うーん、やはり長年子どもの本を見ていらっしゃった方のおっしゃることは重みがあり、含蓄が深いです。

多弁はだめですね。語れば語るほど言いたいことから離れていくような気がします。

ちなみに、紹介されていた「ひつじ書房」の本の見事なこと! 嬉しくなりました。
平松さんは、図書館で児童書担当を経た後にお店を開かれたそうです。(1975年開業)
 
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「おそざきのレオ」を読まされて

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 7日(月)23時50分34秒
  去年、「おそざきのレオ」という絵本を小学一年生に読まされました。
小学校の一年生に読み語りをする当番の時、指定されて読まされたのですが(これは大変めずらしいことです、めったに気に入らない本は読まないし、読ませられもしないのですが)、やはりダメでしたね。

どこがダメかと言いますと、「おそざきのレオ」という絵本は、花の遅咲きと子どもの成長が遅いのをかけているのですが、これを小学一年生に読むということが無理なのです。

相手に通じるわけがないのです。

花の遅咲きがあることは、説明したらなんとなくわかってくれるかもしれません。しかし、それと子どもの成長の遅さとを暗にかけて気づかせるなんて、一年生では無理です。

誰が選書をしたのか、反省ノートにしこたま文句を書いておきました。

どうも、大人にはこの辺がわかりづらいみたいですね。


観念的というんでしょうか、頭で書いたというのでしょうか。
こういう文章は、幼い人には通じないのです。

肌感覚で理解できる言葉だけが幼い人には通じるといえば、理解してもらえるでしょうか。わからなくても、気分は伝わるでしょうか。

この手のものがわかりだすのは、ある程度語彙がふえて、体験もそこそこふえて、それからですね。
この本に関して言えば小学五年生くらいからかなあ、六年生かな。しかし、そのくらいの年の子に何故、絵本という形で考えさせなければならないのでしょうか。



〈ここからは別のテーマに関する話です〉
創作であるということは、相手を選びます。その上、「おそざきのレオ」のように時期を選ぶのが難しいと来ては、私はクラス相手の読み語りの本として選びたくないです。

個人が読むのであれば、それはいいと思いますよ。
ちょうどその人にとっていいタイミングというのがありますからね。好みもありますし、それはいいんじゃあないでしょうか。弊害も少なくて済みます。

しかし、大勢を対象に読む場合は、面白く読める人が少ないと思います。

よく、この手の本を読みたがる方がいらっしゃるのですが、道徳的だからという理由からでしょうか。

うーん。あまり感心しません。
対象になっている子どものことは考えていらっしゃるのでしょうか。その本を読んだ大人が感動しているだけなのではないのでしょうか。どうも、そう思えてならないのです。

あまり、子どもがそれをどう受け止めるかということは考えていらっしゃらないように思えます。

たとえば、私が小学校高学年の子どもでそれを読んで聞かされたとして、理解できないにしろ、大して良いと思わないにしろ、読み手の大人がそれをとても良いと思っていることはわかると思うのです。

出来るだけ、大人の望むように自分はなってあげたいと考えると思うのです。
自分の経験には、この本を書いた作者が望む、子どもに対してこういう風に行動して欲しいというもくろみ、あるいは、読み手がその本を読むことによってもたらされる子どもの行動の変容への期待にしたがって行動をすることに関する裏打ちがないのですが、相手の期待に応えたいと思うのです。大人のもくろみはアリアリと見えていますから。

だって、親切そうなおばさんが、心から私たちのためを思ってやってくれているということは感じますから。

けれども、あんまりそういうことをさせられると、苦しくなるんですよね。鈍感な大人は、ついつい、念入りにそういうことをやりたがるようですが、受ける側としては迷惑なんです。

不自然なこと(無理なこと)を強いられているのと同じです。

同様なことは、学校の先生方のクラス全体に注意するときも
あります。

個人攻撃が出来ないせいで、クラス全体に対して注意をなさるようですが、本当に言いたい相手が理解するまで言おうと、念入りにやられますと、

良心的で素直な感受性の高い子は重く受け止めすぎて、それがあまり積み重なりますと(何年間にわたって積み重なるかは個人差があり、わからないのですが)動けなくなってしまうのです。

ばらつきのある集団に対して、一様に語るということには弊害があるということを心に留めていただきたいと思います。

そういうことから不登校になる子は多いのですよ。
家の子も三人います。それぞれ不登校をしましたが、そこら辺にも原因があったように思います。

素直で優しくて深く受け止める子は不登校になる場合が多いです。
もちろん、そうでない子も多いです。


私の場合は「かわいそうなぞう」でした。
10代はずっと重苦しい罪悪感を抱えさせられました。ずっと自分を責める気持ちを持っていました。

数年前、当時の同級生とこれについて話す機会がありましたが、彼女は「あのお話ははよかったよ、考えさせられた」と言っていました。
受け止め方は、一人一人違います。

けれども、私は、頭で考えたような本は読みません。ハズレが多いですから。

子どもに通じないということが第一の理由で、
次は、弊害が多いということ。
実際、自分で読んで面白くないということは大きな理由になるけれど、人に説明することがとても困難です。


クラスを対象にした場合、いろいろな問題が上がってきます。あなたはお読みになりますか。


うーん。このことに関して、人にわかってもらえるように話すのは難しいです。今日も上手くいかなかった。またいつか書いてみます。


本来、子どもの側に押し付けるべきでないメッセージを子どもに押し付けるということはいかがなものか、ということを言いたいのですが、イヤイヤ、それだけが言いたいことではない。

なかなか思うようには書けません。文章にすると意に反した方向に行ってしまいます。本当に難しいです。  反省
 
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絵本紹介 「せきたんやのくまさん」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 6日(日)00時17分35秒
  「せきたんやのくまさん」
 
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絵本紹介 「うえきやのくまさん」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 6日(日)00時14分46秒
   「うえきやのくまさん」
 
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絵本紹介 「パンやのくまさん」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 6日(日)00時09分35秒
編集済
  「パンやのくまさん」
  フィービとセルビ・ウォージントン作 まさきるりこ訳
「うえきやのくまさん」
  フィービとジョーン・ウォージントン作 まさきるりこ訳
「せきたんやのくまさん」
  フィービとセルビ・ウォージントン作 いしい ももこ訳
  福音館書店

 それぞれ、くまさんの一日を綴ってあります。

 今は18歳になる家の末娘が、大大だーい好きだった本です。先週、たまたま話題に上がった時、「かんどうしたー」と言っておりました。「感動しないと覚えているはずないじゃない」とも。

 読んで聞かせている途中、「1こ、2こ、3こ、4こ、5こ」と数を数えるところでは、3人の子ども達が声をそろえて言うあいだ、母は口をつぐんで待っていたことを思い出します。

 当時、彼女は3歳か4歳。ありありとお話が理解でき、納得がいき、楽しめたのだろうと思います。
 そんな幼い子に語りかけてくれる本って、そんなにないと思います。どうぞ、お読み下さい。
 

絵本紹介 「こすずめのぼうけん」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 5日(土)23時58分1秒
  「こすずめのぼうけん」
さく ルース・エインワース
え  堀内 誠一
やく 石井 桃子
出版 福音館書店

読み語りが始まる年度の初めは必ずこの本で、という方もいらっしゃいます。

飛ぶ練習を始めたこすずめがどんどん飛んでいって、疲れてきてどこか休むところを探します。
でも、いろいろな巣をたずねても、入れてはもらえません。
くたびれて、暗くなって、そこへ…

お話があまりに良いのです。
絵を見るとこの本を読みたいと思う人は少ないでしょうが
お話がとにかく良いのです。ぜひ、お読み下さい。
 
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絵本紹介 「かいじゅうたちのいるところ」

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 5月 5日(土)23時44分3秒
編集済
  「かいじゅうたちのいるところ」
モーリス・センダック 作
じんぐう てるお 訳
富山房

子どもたちが大好きな「かいじゅうたちのいるところ」
大人が読んでもわけはわからない。でも、子どもたちにはわかるのです。
わけはわからなくっても、大人だって絵を見ているだけでも、楽しいのです。
子どもとご一緒に楽しんでください。
 

言葉の問題 2

 投稿者:こまつ菜大根葉  投稿日:2007年 4月30日(月)23時58分58秒
編集済
  「言葉が変われば
 考え方が変わり、
 考え方が変われば
 心がかわる、
 心が変われば
 行動(態度)がかわり、
 行動(態度)が変われば
 習慣が変わり、
 習慣が変われば
 人格が高まっていく。」

言葉って大切ですよね。全ての始まりです。

「心は言葉により作られている。
 言葉を大切にして
 自分をマイナスにする言葉を
 プラスに転じさせる。
 すべて言葉が最初にある。
 それが結果を生み出している。」

言葉は記号だけど、その使い方で全てが変わるんです。
人生の楽しさも、喜びも、勇気も、etc.

上記しましたのは、使う側にたった言葉のことですが、
子どもに渡したいのは、いつか、使う側になったときに
彼らの人生を豊かにしてくれる言葉です。

大人が子どもに声をかける時、これは一番大事。
子どもと一緒に絵本を読むとき、大事にしなければ。

すてきな絵本と出会ってください。
 
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